第1回目の旅 2002.7.22(月) 仙崎から長門本山へ

初めて乗った線
美祢線 全線(厚狭ー長門市)
山陰本線 一部(長門市・仙崎ー幡生間)
小野田線 全線(小野田ー居能 雀田ー長門本山)
宇部線 一部(居能ー宇部間)

どんな旅
・ 初めての青春18きっぷ。11500円。
  2,3回は練習のつもりであせらずにやってみよう。
・ 小野田線の雀田ー長門本山間は、7:30頃から16:30頃 の間電車がなくて、プラン作りが難儀だった。


  可部線緑井発6:46。山陽本線厚狭で美祢線に乗り換える。
 この線を長い石炭列車が行き来していたのかななどと想像しながら車窓に目をやっていると、大嶺あたりで高校生もほとんど降りて車内が空いてきたころ、突然隣に中年の女性が割り込んできた。
 目の前で瓶詰めを振り回しながら、「雲丹買わない?3500円。安いよ。私は海女で、自分でもぐって採ったんだから物はいいよ。お得意さんに持っていったが余ったから。」と体を押し付けるようにして迫ってくる。
 「急にそんなことを言われても・・・(雲丹は好きだがこんな高価なものを)」と断るがなかなか聞かない。押し問答のようになってしまったが脈がないとみたかついと向かいの席へ戻って行った。正直ほっとした。しばらくはちょっと悪かったかなと落ち着かなかった。行商の多い線とは後で知った。

 終点の長門市から北へ一駅、とげのように突き出した山陰本線の枝線で仙崎へ。金子みすずのふる里だが先を急ぐしまたの機会もあろうかと、昼食代わりに美味しいちくわとビールを買って引き返す。

 ほろ酔いの山陰本線の車窓は楽しい。今や知られすぎた難読駅「特牛(こっとい)」、構内が一面花で埋まった駅、紺色の海と小島。切り立った崖。そういえば町おこしのリゾートホテルで知られた黒井村はその後どうなっているだろうか。

 幡生で山陽本線に乗り換え小野田から小野田線へ。小野田港駅は軽便鉄道の頃はセメント町と称していたと『駅 JR全線全駅』に書いてあったりしておもしろい。
 
 雀田には楽しみにしていたクモハ42001という電車が待っていた。車両のことは良くわからないが、こげ茶色で無骨そう。磨かれた木製の床になんとも懐かしいような気持ちになってしまうが、余命半年余りとか。2,3人のお客を乗せて元気に2駅目の終点長門本山に着いた。この先は周防灘。海底深く廃坑になった炭田が眠っている。道路を時折走っていく車のほか音もない。途切れた線路のそばに赤いカンナが咲いている。
 
 日暮れ方6時過ぎ宇部着。大きな市なのに小さな駅の、小さな駅前のスーパーで夕食の弁当を買う。この先小郡(現新山口)も岩国も列車の接続が良すぎて駅のキオスクへ寄る時間もない。大好きな富海の海の上にまん丸な月がぽっかりと浮かんでいる。しばらく眠ったようだ。

 10時過ぎ帰宅。17回の乗り換えに要した4時間10分を差し引くと、実質11時間あまり電車に揺られていたことになる。青春18きっぷ1枚分たった2300円で申し訳ないほど充実の一日だった。                     474.6km
 

 

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