第8回目の旅 2003.7.22(火)ー23(水) 徳島線など四国東半分

どんな旅
 牟岐線の海部が行き止まりで、休暇が取れればその先の室戸岬などをバスで巡ってみたいところだったが・・・・・。おまけで乗った三セクの阿佐海岸鉄道阿佐東線が思いのほか収穫だった。

初めて乗った線(普通列車で)
宇野線の一部 (岡山ー茶屋町間)
本四備讃線 全線(茶屋町ー宇多津)
予讃線の一部 (高松ー多度津間)
土讃線の一部(多度津ー佃間)
徳島線 全線(佃ー佐古)
鳴門線 全線(池谷ー鳴門)
牟岐線 全線(徳島ー牟岐)
高徳線 全線(徳島ー高松)

阿佐海岸鉄道阿佐東線 全線(海部ー甲浦)

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           (地図をクリックすると拡大できます)
           赤細線 : 今回乗車のコース(普通列車分)
           赤太線 : 初めて乗った線

1日目

大町発7:53。この列車は岡山まで乗り換えの必要がない。

岡山発11:11の快速マリンライナー19号高松行きに乗り換え。

 瀬戸大橋は千葉に転勤した1988年(S63)の4月10日に開通した。その年たまたま高松へ出張する機会があって、トンネルを出た寝台特急「瀬戸」の車窓に突然真っ赤な朝日が飛び込んできた。

 是非先頭車に行ってみたいが、先頭車はグリーン車なので青春18きっぷでは乗れない。車掌が通りがかったとき衝動的に児島ー坂出間のきっぷを頼んでしまった。車掌に「いいんですか?」と念を押されたが、乗車券510円、グリーン券750円のほかに指定券510円の出費は、22.7km、19分の旅にしてはさすがに痛かった。
 帰りの列車では先頭車が普通車で、もうドジというか勉強不足というか。

 いやにゆっくり走るなと思ったら、他の快速は時刻表上で17分のところを2分も多くかかっている。高いお金を払ったのだからその分堪能させてもらったのだろうと気を取り直す。

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            (瀬戸大橋)


 (本四備讃線は茶屋町ー宇多津間であるが、坂出・高松方面に行く列車は宇多津の駅舎も見ないまま坂出に着き、本四備讃線を乗り通したことになってしまう。宇多津では、ホームに松山方面行きはあるのに坂出・高松方面については設けられていなからなのだが、頭では分かっていながらも、もやもやした気持ちがぬぐえないでいた。過日(2008.1)、車で四国を旅行した際、宇多津から直接児島へ入っていく普通列車に乗ることができてすっきりした。)

 坂出では駅前広場一面霧のようなものが噴出していて驚かされた。「サラダぶっかけうどん」という奇妙で美味しいうどんを食べる。

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            (坂出駅)

 多度津から土讃線に入る。優しい形をした山を見ているうちに眠くなったが坪゙尻で目が覚めた。山の中のスイッチバックの駅で、小さな駅舎はあるが民家も人の気配もない。「秘境駅」といわれてフアンの間で人気があるとか。

 坪尻を出た列車は、右手に広い吉野川を見下ろしながら猛前と下って行き、右へ右へとカーブしながら佃に着いた。
 
 同じホームに13:53発の徳島行きが待っている。カーブは少なく、線路の左手に時々吉野川が見える。レジャー施設があるのか思いがけなく観覧車が見えたりする。真中の車両だけアンパンマンの絵をまとった特急「剣山」の行き違いを待つ。この徳島線は以前は本線だったはずだが、穴吹と鴨島だけが有人駅ですと運転士が言う。右手奥に高く見えた三角形の峰は剣山だったのだろうか。

 佐古15:36着。すぐに鳴門行きが来る。列車は右に緩やかにカーブして間もなく大きな吉野川を渡る。さすが大河吉野三郎。堂々としたトラス橋もよく似合う。鳴門から戻ってくるときも素晴らしい景観に見ほれてしまった。沿線には蓮田が広がっている。

 鳴門での待ち時間は気の利かないことだった。渦潮の見える公園までタクシーで2500円と聞いては二の足を踏み、取り立てて見るほどもない街をぐるりと一周し、徳島行きの列車に乗る。

 徳島からの牟岐線では、中田(ちゅうでん)で小松島線の廃線跡を見てみたいと思っていた。左手に緩やかに弧を描く遊歩道ですぐにそれと分かった。
わずか1.9kmの日本一短い線だった。小松島から和歌山行きのフェリーに乗船することがあって、車で送って来てもらったためこの線に乗る機会はなかったが、プラットホームとも駅構内ともつかない広場が行商の小店で雑然と賑わっていたのが妙に懐かしい。

 阿南には18:42に着いた。宿で紹介してもらった金太郎鮨は一杯で、やむなく入った寿司屋には私がいる間とうとう一人の客も来なかった。知らない土地では寿司屋は入るのも食べるのもむずかしい。


2日目 

 阿南発6:42。一番列車にしてはゆっくりのような気がする。駅は改装中のためか売店もなければ周りにコンビニもない。ジュースを2本買って乗車。
 
 沿線は田井浜でチラッと海が見え、日和佐で23番札所の竜王寺の特長のある赤い塔が間近に見えたほかは山中のトンネルを上ったり下ったり。終点の海部に近くなってやっと高台から海や集落を見下ろすようになる。通学列車らしく高校生がにぎやかに乗り降りする。

 8:08海部着。今来た線を振り返ると、宅地造成で残ったという短いトンネルの構造物が見えておもしろい。
 今回の予定はこれで終わり、ここからは帰るだけで特別予定もない。

 ところが隣のホームに阿佐海岸鉄道の列車が発車を待っていた。その後はともかく、この頃はJRの列車に乗るプランを作ることにばかりに懸命で、知識不足もあり、ほかのことにはあまり知恵が回っていなかった。

 たいして期待も持っていなかったが、この列車に乗れたのは幸運だった。
 カラフルな列車の中には風鈴や俳句の短冊がひらひらと舞っていて楽しい。 きょろきょろしていたのか小学校の先生風の女性が「どちらからおいでです?」と話しかけてきた。惜しいことに話が弾みかかった頃次の駅(宍喰)に着き、ほとんどの客と一緒に降りてしまった。
 二つ目の駅が終点の甲浦(かんのうら)で、そこはその女性が「隣の県のことは良く分かりません」といった高知県だった。トンネルの連続だった。

 甲浦のホームは高い高架になっていて、線路はこの先へ延長する計画もあったそうだが、すぐ目の前でチョンと切れ、真下には場違いなほど立派な駅が建っていた。若い男が所在なげに室戸行きのバスを待っている。

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            (甲浦駅)

 掲示してあるバスの時刻表によると牟岐行きがある。まだかなり時間があるので地図を頭に入れバス停を追いながら歩くことにする。

 あぜ道に「犬を入れると罰金105,000円 税込み」と書いた立て札が立っている。笑っていいのやら。白浜海水浴場には朝が早いからかサーファーの影もない。狭い入り口から深く切れ込んだ湾の奥が大阪ー高知間のフェリー乗り場になっている。立派な波止の割には待合所が貧相だ。空っぽのバスのそばで運転手がたばこを吸っている。(航路はその後廃止されたとか)。いつの間にか小さな漁村のような集落に入る。白装束の若い男性の遍路さんが急ぎ足で通り過ぎる。

 甲浦口というバス停には9:12のマイクロバスが4分遅れでやってきた。年寄りがゆっくりと挨拶を交わしながら一人二人と乗ってくる。「室戸阿南海岸国定公園」に含まれているだけに、国民宿舎にも立ち寄ったりして岬めぐりのバスよろしく素晴らしい景色の中を行く。

 パチンコの話に花を咲かせていたおじいさんが、道路わきの一軒家のような大きなパチンコ屋の前で降りる。大方は病院などに行くのか宍喰で降りてしまい、車内は急に静かになってあとは乗ってくる客もほとんどいない。県境をはさんでいても隣り合わせの二つの町は一体なのだろうか。バスはおもしろい。

 定時に牟岐線の元の終点牟岐に到着。10:14の列車に楽々間に合って、コンビニでやっと朝食のサンドイッチにありついた。

 後にたまたま読んだ司馬遼太郎の「翔ぶが如く」には、佐賀ノ乱で敗れた江藤新平が甲浦で捕まり、大久保利通によって梟首(さらしくび)にされたというくだりがある。また宍喰は偶然知人の古里と知ったりして、思いがけなく訪れることになったこの地の風景は一層忘れられないものとなった。
 
 徳島まで熟睡。

 徳島から左手後ろに形のよい眉山を従えながら高徳線で高松へ向う。高松に近づくにつれ「駅ーJR全線全駅」に載っていない新設の駅が増えてくる。八栗山で五剣山がのしかかるように迫ってきた。

 牟岐からずっと接続がよく、19:24大町着。  

 終わってみると効率のよいプランであったが、一方で準備も知識も考えもいろいろと足りなくて、その後の旅に参考になることの多い2日間だった。
                827.8km(JRのみ)

                          


 

 
 


 

 





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