第10回目の旅 2008.8.31(日)-9.1(月) 九州北部と内子線など

どんな旅
 昼間4,5時間もの間列車のない筑豊本線原田・桂川間に焦点を合わせながら、日田彦山線や篠栗線、香椎線などをまわり、小倉から船で松山へ渡って内子線に乗る。

初めて乗った線(普通列車で)
日田彦山線の一部(日田後藤寺ー夜明間)
久大本線の一部(夜明ー久留米間)
筑豊本線の一部(原田ー新飯塚間 この線完乗)
篠栗線 全線(桂川ー吉塚)
香椎線の一部(宇美ー香椎間)
予讃線の一部(松山ー伊予大洲間 伊予大洲ー新谷間 内子-向井原間 松山ー坂出間)
内子線 全線(新谷ー内子)

1日目 8月31日(日)

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      (地図をクリックすると拡大できます)

 緑井発8:01 3歳になったばかりの孫娘が見送りに来る。懸命に手を振ってくれる。

 横川からは前回(8月9日)同様快速「関門・MUSASHI号」。3両のうち禁煙席の前2両は6割ぐらい、後の喫煙席には4,5人しか乗っていない。いつものことながら快速とはいえのんびり走る。早くも稲穂が色づこうとしている。

 小倉で鳥飯弁当とビール片手に日田彦山線へ直通する列車に乗る。田川後藤寺までは昨年乗っているので気持ちにゆとりがある。

 彦山駅は、」霊山英彦山への入り口で、赤い屋根が大きい。事務室が喫茶店に改装されていて、女性が3人、ホームで優雅にコーヒーなど飲んでいるようだ。
 
 この駅を出ると山はますます深くなって、釈迦が岳の長いトンネルに入り、サッと涼しい風がはいてくる。と、一瞬のうちに眠り込んでしまった。駅を2つ3つ、夢の中になってしまってもったいない。

 夜明駅ですぐに久大線に接続。陸橋から写真を撮り大急ぎで乗り換える。ホームに美しい花が植えてあるほか何もない駅だが、名前がいい。

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             (夜明駅)

 田主丸は駅舎が河童の顔になっている。写真ではおなじみだが、「やあ、君はここにいたのか」とつい声をかけたくなるようだ。下り列車が入ってきて陰になり、写真が撮れなかったのは残念。

 久留米から鹿児島本線で原田へ行き、筑豊本線に乗り換える。ここから桂川までは、時刻表に( )書きで原田線と表示してあり、筑豊本線とは別の線かと思うほど列車本数が少ない。日中は4,5時間も空白になるのでコース作りに悩まされた。その後もっと列車本数の少ない線があることを知るようになったが、手始めによい経験になった。

 冷水トンネルを抜けると、向かいの山を道路が走っている。この道は長崎街道の冷水峠につながっている。長崎へ行くためいろいろな人が通ったことだろう。シーボルトも難儀したという。一度通ってみたい場所。

 桂川を通り越して新飯塚まで行く。昨年下り列車でここまで来ている。シンボルのような三つの峰をもつボタ山が迫ってくる。

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         (緑におおわれたボタ山)


 新飯塚からすぐに博多行きの列車で桂川に戻り篠栗線に入る。博多の一つ手前の吉塚で再度折り返し、長者原まで戻って頭上で直角に交わっている香椎線の終点宇美へ行く。この線もかつては石炭列車のために設けられた。
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             (宇美駅)

 宇美から同じ列車で戻り、香椎から松山行きのフェリーに乗るため小倉へ向う。出航まで時間があるので駅からフェリー乗り場まで歩く。遠い。

 フェリーは関西汽船の「はやとも」。夜空にどーんとそびえている。60歳以上は20㌫のシルバー割引で、3700円のところが2960円。うれしいような・・・・。船内に元気なシルバーがあふれている。阪急交通社主催の四国八十八箇所霊場めぐりツアーとのこと。

 21:55出航。間もなくイルミネーションで飾られた関門橋をくぐる。心なしか急に船足が速くなったようだ。風呂は塩素消毒がひどかったのか、翌朝まで舌が苦かった。2等船室の毛布にくるまり熟睡。
                           532.2km


2日目 9月1日(月) 予讃線 内子線

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 4時、目がさめる。定刻より5分早く松山観光港着。バスで松山駅へ。
 新聞が、世界陸上女子マラソンで野口銀、千葉銅と報じている。

 松山発6:06 伊予を経て伊予大洲へ向う。
 伊予市で洋服の仕立てを営んでいた伯父はかわいがってくれた。何度か遊びに行ったし、学生時代には友人と一緒に泊まったこともある。今になって思うと、小さな家に女の子ばかりの子だくさんで裕福だったとは思われないが、就職祝いにと上等な霜降りの背広を新調してくれた。何の恩返しもできないままになってしまった。

 寅さん映画で有名になった夕日の名所下灘を通る。目の前がすぐ海で、目の高さに水平線がある。

 海に突き出した国道と線路の間に、小さな集落が飛び飛びにつながっている。

 伊予長浜に停車したとき、辛抱できなくて運転士さんに頼み駅のトイレを使わせてもらった。本当に助かった。ローカル線の列車にはトイレがないことがよくある。迷惑をかけた。気をつけなければ。

 伊予大洲で途中下車してみたいが、内子へ行く列車にすぐ接続しているので我慢。
 通学の高校生で一杯になるが、自分の隣の席は埋まらない。なんとなく居心地が悪い。走ってきたのか紺のスカートに白いブラウス、黒タイの地味な制服の女子高生たちが、ひたいにうっすらと汗を滲ませている。もの静かな会話と素朴そうな笑顔がいい。戸田菜穂さん(自宅の近所にある安古市高校の出身)にも負けないような清楚な感じの美人もいる。時代が逆戻りしたような雰囲気で幸せな気分になる。
 
 内子の町並み保存地区に行ってみた。内子座は朝が早すぎて入ることはできなかったが、ろうそくで財を成したという豪商の庭が開放されていた。さほど広い庭ではないが、木々が大きく返って豊かな感じがする。

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             (内子座)

 1時間しかなかったので汗びっしょりで駅に戻る。駅前に保存されているC12型機関車をゆっくりと眺める。夕日の下灘あたりを走る風景が目に浮かぶようだ。

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       (内子駅のC12 231号機)

 10時過ぎ松山に帰りつき、定番の坊ちゃん団子を買い、列車を乗り継ぎながら帰途につくことにする。車窓は海あり工場あり、思いのほか変化がある。

 伊予西条駅のホームには、「水の都西条」の碑がある。石鎚山の地下水が町中にわいている。
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       (伊予西条駅のプラットホーム)

 男子高校生が数人乗ってきた。1時間ほどの間床に座って菓子やジュースを食い散らかして降りていく。一緒に降りた女性が何か言ったようで、運転士がゴミを片付けてから何事もなかったように運転席に戻り発車した。

 順調に乗り継いで大町着19:24。
                         498.3km
 
 2日間よく走った。途中下車した時間や乗り継ぎの時間を差し引くと、実質約20時間列車に揺られていたことになる。堪能した。

 

 
 

 

 

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