第9回目の旅 2003.8.9(土)-11(月) 九州鉄道記念館、長崎本線など

どんな旅

 開館したばかりの九州鉄道記念館と、松本清張記念館を訪ねたあと長崎本線などに乗り、博多から夜行列車ムーンライト九州で早朝加古川着。福知山まで行く。

初めて乗った線

鹿児島本線の一部 (門司港ー鳥栖間)
佐世保線 全線(肥前山口ー佐世保)
長崎本線の一部 (鳥栖ー浦上間)
大村線 全線(早岐ー諌早)
加古川線 全線(加古川ー谷川)
福知山線 全線(福知山ー尼崎)

神戸新交通ポートアイランド線


1日目 8月9日(土) 九州鉄道記念館など

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      (地図をクリックすると拡大できます)
      赤細線 : 今回のコース(普通列車分)
       赤太線 : 初めて乗った線 
 緑井発8:01 横川から快速「関門・MUSASHI号」。この列車は1月に妻と下関へ行った時は「下関ふくフク号」といっていた。NHKの大河ドラマ「武蔵・MUSASHI」にちなんで名づけられている。

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          (関門・MUSASHI号)

 門司港12:02着。期待の九州鉄道記念館へ。
 ゲートを入るとすぐ目の前に蒸気機関車はじめ本物の車両8台が迎えてくれる。かつて九州で活躍し、小倉工場や公園で大切に保存されていた。蒸気機関車59634号は、「ごくろうさんよ」と愛されてきたそうだ。
 復元された明治時代の客車、シミュレーター、模型列車の走る大きなパノラマ、来年3月に開業する九州新幹線も紹介されている。レストランは大混雑でやっとの思いでカレーライスにありついた。急いだのか模型の機関車の表示に誤っているのがあるのも愛嬌だが、これからも展示を充実してますます賑わってほしいものだと思う。

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         (九州鉄道記念館)

 3時間あまりも堪能して小倉城跡の松本清張記念館へ行く。
 東京の高井戸にあった自宅を一部切り取ってもってきたという書斎や、3万冊もの本で埋まった書庫、詳細な年表が印象深かった。「点と線」を短く編集しなおして上映していた。
 
 城跡を通って小倉駅まで歩く。頭上を走るモノレールが、駅に向って直角に突っ込んでいる。遅くなったので次の機会に乗ることにして、空腹を抱えて博多のビジネスホテルにたどり着いた。

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        (北九州モノレール小倉線)


2日目 8月10日 長崎本線など

 博多発7:05 「駅」本と見比べながら一駅一駅たどる。JR発足後新設されたのか本に掲載されていない駅がどんどん現れる。福岡市の膨張振りを実感する。その反対に水城駅では大宰府を守るため築かれたという築堤が残ったりしていておもしろい。

 鳥栖から長崎本線に入る。駅に「祝鳥栖商甲子園出場」のまん幕が掲げてある。(8月13日の愛工大名電に3:2で勝った。)

 接続する列車の都合で生じる余裕の時間をどう使うか考えるのは楽しい。朝から夕方までの限られた時間をやりくりし、どこかで途中下車に充てるか、それとも先を急いで効率本位で行くか、なるべく同じコースを通らないようにもしたいのでコースもコロコロ変わる。スケジュールが出来上がるまでには時刻表を繰り返し繰り返しながめることになる。ただ今回は夜行列車を使うので多少ゆとりがある。
 
 吉野ヶ里遺跡に寄りたいが、もし2時間も充てると次々と不都合が出ることがやっと分かり、代わりに佐賀駅で降りて城跡に行ってみることにした。駅前からただ広いだけの道をたどるとお堀をへだててこんもりとした森が見える。県庁の建物などが大きな楠木に覆われ歴史を感じる。なぜかご縁の薄い佐賀県だが、「鍋島藩」が明治維新前後の歴史に大きな役割を演じてきたことを想う。

 佐世保は数年前高架化されたそうで、近代的な大きな駅だった。母から、佐世保港から戦地に赴き死別した父親をしのびこの地を訪れたことがあると聞いたことがある。母が降り立った駅はどんなだったのだろう。列車の中で、佐世保に行くなら是非にと勧められた弓張岳も見ただろうか。「長崎ゆめ総体」のバナーがたくさん風にはためいている。

 佐世保を出た長崎行き快速「シーサイドライナー」が大村湾に沿って快走する。ハウステンボスの建物群が突然現れたり、目の下がすぐ海だったりする。池のような静かな海だ。昼食代わりのビールとさつま揚げがうまい。 


 長い長崎トンネルを抜けると浦上。市電を松山町で降り、久しぶり爆心地へ行く。人影も少ない公園の碑の前に立つと、広島の原爆ドームを仰ぐのとはまた違った粛然とした気持ちになる。

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          (長崎電気軌道)

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       (原爆落下中心地公園の碑)

 浦上から長崎本線を旧線経由で引き返す。新線と違い海沿いを走るので景色に恵まれている。本川内のスイッチバックを楽しみにしていたが、すでに廃止されていてがっかり。前年の3月9日だったと。

 諫早駅では島原鉄道の列車が発車を待っていた。この列車に乗ってしまうと、次の上りの長崎本線に間に合うよう帰ってくる列車はないはず。乗るのはあきらめようと思ったが、猫に鰹節とか。一駅だけ乗ろう、帰りはバスでもあるだろう、何しろ次の駅の名は「本諫早」なのだから。
 本諫早駅には来ないはずの諌早行きの列車が来た。駅は国道に面して閑散、バスもなさそう。歩いて帰ることにした。ところがどんどん上り坂になり、その上暑い。人もいない。行き当たりばったりをとがめるよう。やっとの思いで諫早駅に帰り着いた。後で分かったことだったが、城跡を右手にトンネルの上を歩いたのだった。

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        (島原鉄道)

 JTBの時刻表の私鉄の蘭は省略されている。勝手読みしたのが間違いの元。それ以来できるだけ駅の窓口で時刻表を貰い、地図も確かめ、人がいれば遠慮しないで聞くようにしている。今思えば当たり前のことではある。その後も何度も失敗したが・・・・。

 諌早から長崎本線は多良岳を背に有明海に沿って走る。干拓地の潮受け堤防や雲仙岳を見ながら細かいカーブを繰り返す。祐徳稲荷の大きな鳥居が見えたりする。

 二日市駅で途中下車。駅近くの温泉に入るため1時間取っておいた。1300年もの歴史があるとのこと。かなり古びた銭湯だったが、ツルツルとしたよい湯で汗を流しさっぱりした。
 
 博多発20:53の新大阪行き季節列車「ムーンライト九州」に乗る。こんな列車に18きっぷで乗れるとはありがたい。広島も岡山も夢うつつ。リクライニングシートで快眠。

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          (ムーンライト九州)


3日目 8月11日 加古川線 福知山線

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      (地図をクリックすると拡大できます)
      赤細線 : 今回のコース(普通列車分)
      赤太線 : 初めて乗った線

 加古川着5:27 パッと目が覚める。10分前の姫路は知らなかった。乗り過ごすと大変だった。

 駅は高架工事が進み、加古川線の沿線には「(年)300万人乗車大作戦」の看板や、電化工事中のポール、派手なラッピング列車が目を引く。95年の阪神・淡路大地震で代替路線として見直されて変身中とか。日本へそ公園(東経135度 北緯35度の交点)という妙な名前の駅があって、横尾忠則の美術館がホームから見えたりする外は、その名の通り加古川とつかず離れず坦々と走る。(注 2004年12月9日電化開業)

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             (加古川線)

 終点の谷川駅には7時半に着いたが、コンビニさえ開店していない。駅売店で朝食代わりにせんべいを買う。以後非常食を忘れないよう持って行くことにした。

 今後のコース作りを考慮して福知山まで足を伸ばす。通勤客や学生で混雑している。向かいの席の男性が、「楽しそうですね」と声をかけてくる。福知山の工場団地のことなどいろいろ教えてくれる。「駅」本に目を通したり、車窓を眺めたり、話に耳を傾け相づちを打ったり忙しいことになった。官公庁勤めの人のようでもあった。

福知山で1時間あるので、タクシーで名君明智光秀を祭ってある御霊神社を経由してお城へ行く。大きくはないが美しいお城から、由良川やいかにも豊かそうな福知山盆地が一望できる。運転手のいうには、由良川はよく氾濫するので、軒先に小舟を吊っている家もあったとか。

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             (御霊神社)

 電車で今来たコースを引き返し、谷川を通り過ぎて篠山口で乗り換える。ここからは複線になり、電車の本数も増える。三田からは快速になりますます本数が増えるので、ロングシートの普通電車に乗り換える。電車は渓谷を垣間見たりしながら下り坂を猛然とトンネルに突っ込んでいく。宝塚が近づくと車窓は急に都会の風景に変わり、その激変振りがおもしろい。いつの日か20年余りも前に廃線になったという武庫川沿いの旧線跡を訪ねてみたい衝動に駆られる。

 尼崎で降り三宮へ。ポートライナーに乗る。一度乗ったことはあるが全線乗るのは初めて。乗りっぱなしでいるとぐるっと回って帰ってくる。何の障害物もない車窓から見る神戸の風景に改めて感動する。
(3年後神戸空港のために延伸された。神戸の変容振りを見に行ってみたいものだ。)

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      (神戸新交通ポートアイランド線)               

 人気の駅弁「ひっぱりだこ飯」を味わいながら三宮13:20発の電車で大町19:00着。収穫の多い3日間だった。
                       1727.9km
 



 


 
 
 

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