第37回目の旅 後編 2008.8.3(日)-8.7(木) しなの鉄道、鉄道博物館など

どんな旅
 入院した娘の様子を見るため予定を変更して川崎へ。病状が快方に向ったので旅を再開。行き当たりばったりの旅になった。
 越後鹿渡からの当初の予定は、長野ー松本ー(大糸線)ー糸魚川ー富山(泊)-(高山本線)ー高山ー(バス)ー北濃ー(長良川鉄道)ー美濃太田ー岐阜(泊)ー広島

初めて乗った線
飯山線 代行バス部分(十日町ー戸狩野沢温泉間)
高山本線 同上(猪谷ー古川間)

野岩鉄道 全線(新藤原ー会津高原尾瀬口)
会津鉄道 全線(会津高原尾瀬口ー西若松)
しなの鉄道 全線(篠ノ井ー小諸間は前回乗り残し)
長良川鉄道の一部 (郡上八幡ー美濃太田間)

富山ライトレール 全線(富山北ー岩瀬浜)



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           (地図をクリックすると拡大できます)
           赤細線 : 今回のコース(普通列車分)
           赤太点線 : 初めて乗った線             

7日目 8/3(日) 川崎へ
  
(飯山線)
 越後鹿渡を出た列車は千曲川沿いの急斜面を走る。トンネルも多い。このあたりは前回(2005.8)は不通で、戸狩野沢温泉から十日町まで代行バスの乗った。どんな被害だったのかはわからないが山崩れの危険もあったのだろう。

(しなの鉄道)
 長野で赤とグレーに塗り分けたしなの鉄道の電車に乗る。この塗色はどうにも馴染めない。どちらでもいいことではあるが。篠ノ井からがしなの鉄道。小諸ー軽井沢間の白樺林と浅間山の車窓は見飽きることがない。

(峠の釜飯)
 横川13:24着。昼食は峠の釜飯と決めて空腹を我慢していた。以前は量が少なくて物足りなかった記憶があるが今日は多すぎる。味は変わらないような気がする。

 高崎から澁谷までグリーン車を奮発。ホリデー料金で750円也。頻繁に乗り降りし、昼間なのにほとんど満席状態。それだけ普通車が混むということなのだろうか。贅沢とはまた違った感覚で利用されているのかなと思う。

 娘の様子を見に病院へ。食欲が戻っていて安堵する。                                                       221.7km(JRのみ)


8日目 8/4(月) 鉄道博物館

 午後は昨年10月14日(鉄道記念日)開館した鉄道博物館へ行く。 聞きしに勝る繁盛振り。2,3時間ではとても全部を見ることはできそうもないので、本物の車両が多数展示されている1階のヒストリーゾーンにしぼる。見ごたえ十分。もう一度必ず来る。

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              (鉄道博物館)

 孫夕食進まず。母親の留守をじっと耐えているようでかわいそうでもある。


9日目 8/5(火) 野岩鉄道、会津鉄道など

 娘は明日退院と決まる。別に手伝いもできないので自分だけ帰ることにする。
 せっかくの機会といっては何だが、念願だった野岩鉄道など回り道しながら帰りたい。小型の時刻表しか持ってこなかったし、詳細なスケジュールを立てる間もなかったから行き当たりばったりになるがこれもよい。

(日光街道)
 宇都宮10:44着。すぐに日光行きバスがあったので東武鉄道日光線の下今市まで行く。
 日光街道は大きな樹木に覆われ快適。歴史を感じさせる。下今市に近づくと杉並木がバス道に合流してくる。杉並木の間を車が走っている。並木が大分弱っていると聞く。バスの運転手によると、できるだけ車が通らないようにと一方通行になっているというが、全面通行止めというわけにもいかないのかなと思ったりする。

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               (日光街道杉並木)
(自動券売機)
 下今市から会津若松までは4つの鉄道会社でつないでいる。券売機を見ると途中駅までしか表示がない。会津若松は窓口かなと思い駅員に聞くと、うるさそうに無言で券売機を指差す。よくよく見ると別のボタンを押すようになっていて、遠距離の表示が出てきた。こういうことになっているとは知らなかった。それにしても無愛想なことだ。ストレスがたまりそう。
 旅をしていると思いがけない親切を受けることがたびたびでむしろ恐縮することさえあり、こういう類の人間に遭遇することは稀。それにしても器械はどんどん知恵がつき、人(若い人は別として)はそれに追いつけない。

 沿線は濃霧とトンネルだらけだったが絶景。期待以上だった。秋は美しいことだろう。沿線の温泉にでも泊まってみたいものだ。

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             (会津鉄道 湯野上温泉駅)

(只見)
 16:31会津若松着。ここで泊まるにはまだ早い。観光案内所で聞くと只見には宿がたくさんあると分り予約。到着が19:45で暗くなってしまうのは残念だが、一度乗ったことのある線でもある。

 列車に冷房がない。雲が垂れ込めて蒸し暑く、窓から入る風が生暖かい。田んぼのそばを通ると一瞬ひんやりとした風が入ってきて心地よい。夕闇の川面に霧が立ち込めている。駅弁で夕食。

 宿は素泊まり4000円にしては立派な造りだった。田子倉ダムなどの建設で賑わったころの名残らしい。   198.1km(JRのみ)


10日目 8/6(水) 富山ライトレール 高山

 5:48の始発列車に乗ることができてこの先のスケジュールにゆとりができた。ほかの乗客は旅行中らしい熟年夫婦の2人だけ。

(あけぼの)
 東京方面に行くと思ったのか、車掌が上越線の上りは雨で不通ですよ教えてくれたとおり小出に上りの寝台特急「あけぼの」が長々と横たわっている。乗客の気配がない。夜中2時半ごろ通過しているはずだから浦佐あたりで新幹線に乗り換えたのかななどと思いながらカメラを向けているうち駅員にわけを聞きそこなった。

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              (「あけぼの」 小出駅)

(平和祈念日)
 8:14信越本線の前川を出て信濃川の長い鉄橋を渡っているとき8:15になった。今日は原爆祈念日。軽く黙祷。家に帰った後、小二の孫から、「じいちゃん、旅行しているとき8月6日はちゃんと黙祷した?」と思いがけない質問が飛んできた。以心伝心?よかった。それにしても孫には何かとよく驚かされる。

(鱈弁当)
 昼食にはまだ早いが、朝食は非常食の堅パン2.3枚だけだったことを思い出し直江津で鱈弁当を買う。見た目も味も値段だけのことはある。容器もおもしろいが、荷物になるので持ち歩くのはあきらめた。
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             (鱈弁当 直江津駅)

(糸魚川)
 赤レンガの車庫にカメラを向けている人がいる。大糸線の古いディーゼルカー(キハ52)がよく似合う。

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              (赤レンガの車庫 糸魚川駅)

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              (大糸線のキハ52 糸魚川駅)

(富山ライトレール)
 もとはJR富山港線だったが、2年余り前、路面電車として三セクで開業し評判になった。もう何年も前、古ぼけた電車で終点の岩瀬浜まで乗ったことがある。魚市場はほたるいかの水揚げで大賑わいだった。いか釣り船のそばで、から揚げにするのだと若いお母さんとこどもが小あじを釣っている。石油の高騰で漁は大変だろうが、昼下がりの漁港もいい。
                
 ライトレールはスマートで快適。よほど便利になったことだろうと思うが、お年寄りにとっては「便は増えたが市内へ行くバスがなくなったから駅でバスに乗り換えなくてはならなくて」とご不満の様子。そういえば地下道はひどく長かった。思うようにならないものだ。ただ、将来は富山地鉄の市内線に乗り入れの計画もあるとか。

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             (富山ライトレール 岩瀬浜駅)

(高山本線)
 富山から高山本線に乗る。3年前(2005.8)は、宮川の大水害で猪谷から古川までは代行バスだった。ノートを見ると、妻宛のメールで、「線路がなくなったり鉄橋が落ちたりしていて涙が出そうになった。」と書き送っている。
 先頭車から目を凝らしてみる。ところどころ枕木が新しい部分があるようで、なんとなくそれと分かるが、列車は快走する。あの惨状が嘘のようだ。とにかくよかった。

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              (高山本線)

 猪谷から出ていた神岡鉄道は廃止されてしまった(H18.12.1)。線路のなくなったホームが寂しい。
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             (旧神岡鉄道のホーム 猪谷駅) 
            
(高山)
 4時過ぎ高山着。郡上八幡インターを経由する名古屋行きのバスがあることが分かり予約。

 この町は、友人のH君夫妻、N君と私たち夫婦の5人で泊まった思い出の地。そろそろ高校の校長の声もかかりそうな年齢に差し掛かった頃急死した富山県井波町の友人の仏前に線香をあげたあと、白川経由で立ち寄ったのだった。そのH君ともこの駅前で分かれたのが永の別れとなった。60歳になったばかりだった。毎年送ってくれていたメロンを、今では奥さんが代わりに送ってきてくれる。

 ほおば味噌とふぐ刺しのように薄い飛騨牛の刺身とやらで夕食。ついでに観光客で賑わう夕暮れの街を歩いてみる。いたるところに川柳の短冊が釣ってある。「長生きをするなと老いをいびる官」に酔いもさめ、早々に宿に戻る。こういう観光地を散策する時は一人ではないほうがよい。  354.4km(JRのみ)


11日目 8/7(木) 長良川鉄道

(郡上八幡)
 6:30発のバスはほぼ満員だった。若い女性はほとんど眠り込んでいるようだ。標高1000mを越す東海北陸自動車道がぐんぐん下りはじめると、眼下に線路が見えてきて郡上八幡。徹夜踊りと、夏、こども達が橋から川に飛び込む写真が定番だが、橋は上から見ると尻込みするほど高かった。タクシーの運転手が、踊りが終わるとすぐ秋がきてさびしくなりますという。

 郡上八幡の駅はミニ鉄道博物館になっている。こういう駅をときどき見ることがあって、楽しみの一つだ。上りと下りの両方の列車が同時にやってきた。下りに乗って終点の北濃までさかのぼりたいのは山々なのだが、余分に持ってきていた薬も切れ、今日中に広島へ帰らなくてはならない。

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            (長良川鉄道 郡上八幡駅)

 列車の客は多くはないが頻繁に乗り降りする。その名の通り長良川に寄り添いながら坦々と走る。集中豪雨でもあったのか水量が多い。
             
 終点の美濃太田はJRの駅でもある。青春18きっぷを使い切ったので新しく買い足す。残りのきっぷで妻と九州へ行くことにしている。これで今回の旅はおしまい。あとは帰るだけ。

妻へメール 「大町着21:23の予定なので夕食不要。高山本線美濃太田発11:28」  (11:46発信)

(またも雷様)
 新大阪で目が覚める。車内放送が、この先は運休ですと繰り返している。電車がこの駅で止まったのは新幹線で帰れということだったのかなと、みどりの窓口へ並ぶ。のんびり帰るつもりがまたもや余計な出費。

妻へ再度メール 「落雷による信号機故障で電車が新大阪で止まってしまった。神戸・姫路間不通。復旧の目処立たず。新幹線で帰る。大町着18:23の予定。夕食よろしく。今回の旅は行きも帰りも雷様と同行。」(16:02発信)

それにしても新幹線は早くて楽。   525.2km(JRのみ)



 
 

 
 





 




 

 

 


 



 

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